従軍慰安婦に関する研究者の声明

日本軍「慰安婦」問題に関する声明 日本の戦争責任資料センター 2007年2月23日

現在、アメリカ議会下院において、日本軍「慰安婦」問題に関する決議案(H.Res.121)の審議が行なわれている。これに関連し日本国内で、麻生太郎外務大臣をはじめ政府・自民党の関係者から、日本軍「慰安婦」問題に関する基礎的な事実を否認しようとする発言が続いている。また、これまで日本政府が、1ヵ月当たり6万ドルもの巨費でロビイストを雇い、日本軍「慰安婦」決議をめぐるアメリカ議会の審議に影響を与えようとしてきた事実なども、各種報道機関によって伝えられてきた。


こうした事態を放置しておくと、歴史的事実が歪曲されるだけでなく、日本社会の国際的な信用を大きく失墜させることになりかねない。決議案の提案議員たちが強調するのも、決議の採択が日米関係の強固な結びつきをそこなうどころか、むしろ日本軍「慰安婦」決議による「慰安婦」問題の解決促進が、東アジアの平和にとってよい影響をおよぼすだろうという期待である。


上記のような日本政府・与党の動きを憂慮し、私たちは、すでに明らかになっている以下の事実を改めて確認し、日本政府および関係者が適切な行動をとるよう要請する。

  1. 日本軍「慰安婦」制度に関する旧陸海軍や政府関係資料は、すでに数多く開示されている。これら資料によればこの制度は、旧日本陸海軍が自らの必要のために創設したものであり、慰安所の開設、建物の提供、使用規則・料金などを軍が決定・施行し、運営においても軍が監督・統制した。個々の「慰安婦」について、軍はその状況をよく把握していた。
  2. 従軍慰安婦」という言葉が当時なかったという理由で、「慰安婦」の存在自体を否定しようとする議論がなされている。しかし当時の軍の文書においても「慰安婦」「軍慰安所従業婦」「軍慰安所」などの言葉が使われていた。従って、日本軍部隊のために設置された慰安所に拘束された女性を、「従軍慰安婦」あるいは日本軍「慰安婦」という言葉で表すことは、「慰安婦」という用語自体のもつ問題性を別にすれば、何ら問題ではない。
  3. 日本軍「慰安婦」とされた女性たちのうち、当時日本の植民地であった朝鮮・台湾の女性たちは、売買され、だまされたりなどして国外へ連れていかれ、慰安所で本人の意思に反して使役された。これは、人身売買や誘拐罪、また当時の刑法でも国外誘拐罪・国外移送罪と呼ばれる犯罪に該当した。その実行は、主として植民地の総督府または軍の選定した業者などが直接行なったが、占領地で慰安所を設置した軍も、人身売買や誘拐などの事実を知っていたと考えられる。
  4. 日本軍「慰安婦」とされた女性たちのうち、中国・東南アジア・太平洋地域の女性たちインドネシアで抑留されたオランダ人女性を含む)は、人身売買だけでなく、地域の有力者から人身御供として提供され、あるいは日本軍や日本軍支配下官憲によって拉致されて慰安所入れられるケースもあり、本人の意思に反して強制使役された。慰安所を設置した占領地の軍が、これらの事実を知らなかったとは考えられない。
  5. 日本軍「慰安婦」とされた女性たちの中には、相当高い比率で未成年の少女たちがいた。未成年の少女の場合、慰安所での使役は強制でなく本人の自由意志による、と主張することは、当時日本が加盟していた婦人・児童の売買禁止に関する国際諸条約に照らしても、困難である。
  6. 戦前の日本にあった公娼制度が、人身売買と自由拘束を内容とする性奴隷制であったことは、研究上広く認識されている公娼とされた女性たちに居住の自由はなかった。廃業の自由と外出の自由は法令上認められていたが、その事実は当人に知らされず、また行使しようとしても妨害を受けた。裁判を起すことができた場合も、前借金を返さなければならないという判決を受けて廃業できず、その苦界から脱出することができなかった。
  7. 日本軍「慰安婦」制度は、居住の自由はもちろん、廃業の自由や外出の自由すら女性たちに認めておらず、慰安所での使役を拒否する自由をまったく認めていなかった。故郷から遠く離れた占領地に連れて行かれたケースでは、交通路はすべて軍が管理しており、逃亡することは不可能だった。公娼制度を事実上の性奴隷制度とすれば、日本軍「慰安婦」制度は、より徹底した、露骨な性奴隷制であった。
  8. 被害女性たちへの「強制」の問題を、官憲による暴力的「拉致」のみに限定し、強制はなかったという主張もみられるが、これは人身売買や「だまし」による国外誘拐罪、国外移送罪など刑法上の犯罪を不問に付し、業者の行為や女性たちの移送が軍あるいは警察の統制下にあったという事実を見ようとしない、視野狭窄の議論である。なお、慰安所でのいたましい生活の中で、自殺に追い込まれたり、心中を強要されたり、病気に罹患したり、戦火に巻き込まれるなどして死亡した女性たちが少なくなかったことも指摘しておきたい。
  9. 日本政府は、日本軍「慰安婦」問題についてすでに謝罪していると弁明している。たしかに「アジア女性基金」を受け取る元「慰安婦」の方々に、その時々の総理大臣が署名し、「心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」と記した手紙が渡された。しかし、この手紙は、法的責任と賠償責任を否認した上で、「道義的な責任」しか認めていない。日本政府の用語法で「道義的な責任」とは、法的責任への否認を暗に含んだ軽い責任を意味するいったん「内閣総理大臣の手紙」を受け取ったのち、表面的な謝罪にすぎないことに気づき、元「慰安婦」が日本大使館に手紙を突き返した事例も報告されている。
  10. 上記「内閣総理大臣の手紙」は、「おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝える」とも記している。しかし、かつて中学校歴史教科書のすべてに記載されていた日本軍「慰安婦」の記述は、現行の教科書からすべてなくなった。当時の文部科学大臣はこれをみて、教科書から「慰安婦」の記述が「減ってきたのは本当によかった」と述べた。また安倍晋三首相をはじめ現在の政府・自民党の要職についている少なくない政治家が、当時、歴史教科書から日本軍「慰安婦」の記述を削除させ、あるいはそうした記述のある教科書を学校で使わないようにさせる運動を支援してきたことは周知の事実である。日本政府関係者は、「内閣総理大臣の手紙」で表明した約束さえ履行していないのである。


私たちは、上記の事項が正しく認識され、日本軍「慰安婦」問題が根本的に解決されることを強く願うものである。

2007年2月23日 日本の戦争責任資料センター

共同代表 荒井信一(茨城大学名誉教授)、吉見義明(中央大学教授)、藍谷邦雄(弁護士)、川田文子(文筆家)
 事務局長 上杉 聰(関西大学講師)
 編集長 吉田 裕 (一橋大学教授)
 研究事務局長 林 博史(関東学院大学教授)

慰安婦問題声明20070223
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