はだしのゲンは天皇を許さない

はだしのゲン」は非常によく知られた漫画だが、その中には激しい天皇批判がこめられている事はあまり言及されないように思う。しかし実は著者中沢啓治氏は、非常にはっきりと天皇の戦争責任と天皇制そのもの日本の民主主義への脅威を認識し、怒っている。以下の2007年8月に浅井基文氏(広島平和研究所)によるインタビューにはそれが明確に述べられていた。以下、天皇に関する部分を抜き出し、多少の注記をつける。



要点は以下であろう

  1. 戦前でも天皇制の害悪を明確に認識していた人はいたし、彼らははっきり天皇制を拒否した
  2. なぜ天皇制は恐ろしいのか?=日本人を支配するための仕組みであるから
  3. 中沢氏は60年前天皇制が日本人に及ぼした害悪を裁くべきだし、当然天皇制は廃止すべきだと考えている
  4. 60年前も今も、中沢氏のように天皇制の害悪を認識した人、とそうでない人(日本では多数だ)との認識と行動の差は大きい

「ゲンは怒っている」(中沢啓治氏インタビュー2007年8月)

http://japanfocus.org/_Nakazawa_Keiji-Barefoot_Gen__The_Atomic_Bomb_and_I__The_Hiroshima_Legacy

(前略)
 僕の書いたものの中では権力とか支配者とかに対してもの凄い怒りを表しているが、僕は天皇制のことについて何も言わない奴は信用しない。やっぱり天皇制だ。あの天皇制の恐ろしさというか、その天皇制が今日までなお存在しているということを、日本人は自覚しなければならないのではないか(注1)。またそれを煽って、引っ張り出してくるのではないか(注2)と恐怖感を感じる。

注1:天皇制は廃止すべきであるという事
注2:分裂するまでは「つくる会」の理事を務めた右翼の宗教学者新田均などの主張はまさにコレである

1947年に天皇が広島に来た時(注3)のことはよく覚えている。自伝で書いたことだが、学校側が生徒たちに半紙を1枚ずつ渡した。何をするかというと、15センチのコンパスで丸を書いて、クレヨンで赤く塗れという。竹を拾ってきて日の丸の旗をつくるというわけ。何をするのですか」と聞いたら、「明日天皇陛下が来るから、相生橋の土手に並べ」と言う。僕は親父から天皇制のことを聞かされていたから、「この野郎が親父や一族をむちゃくちゃにしやがったな」(注4)と思うとね。

注3:天皇はまだ広島に生々しい原爆の傷がある時に訪れ、原爆ドームが見える会場で市民の歓迎を受けた、なんという破廉恥!
注4:中沢氏の家族は漫画と同じように原爆で亡くなっている

僕は一番前に並んでいた。黒塗りのフォードが来て、天皇が白いマフラーをして、寒風の中を来た。身体があの寒さの中で火のように熱くなった。「あの野郎が俺たちをこのようにした、親父を殺したんだ」と思うと、飛びついていきたかった。あの衝動は未だに忘れられない。教師は「バンザイせえ、バンザイせえ」という。「何を言うか」と下駄で瓦の破片を蹴った。それがタイヤに当たって、ばーんとはね返った。腹が立った。あれほど全身が火の様に燃えたことはなかった。だからよく覚えている。寒くてね。その中を天皇がのうのうと来る。本当に「こいつ、絞め殺してやるか」という気持ちになった。


天皇を迎えた広島には、天皇に対する怒りとか憎しみとかいうものがまったくないが、その原因はなんだと思いますか、との質問に対し)それはやはり戦前の教育のせいだ。戦前の教育は本当に日本人を変えてしまった。教育の恐ろしさという事をつくづくと感じる。「こいつがポツダム宣言をのんでくれていたら、原爆投下というようなことはなかった」(注5)という怒りはあるわけ。自分たちはのうのうと生き残って厚顔破廉恥な野郎だと思う、と。僕のように天皇に対して激しい怒りを感じていた人もいたとは思うけれども、そういう人たちはみんな獄中死しているのではないか?

注5:天皇は1945年の始めの時期に既に日本には勝利の可能性はない事を認識していた、しかし局面で多少の勝利を収めて有利に終戦交渉を行おうと戦争を継続した様子が、近衛首相との応答で知られている。日本の民間人被害者の80%近くは1945年3月以降に出ている、従って天皇がこの1945年初めに降伏を決断できていれば、多くの日本人民間人は死亡せずにすんだことは明らかである。しかし結局最後まで天皇の判断基準に国民の命や財産を救うという考え方はなく、大事だったのは国体の護持であったことも明らかになっている。国体とは何か?も国家神道を知らなければわからない。国体とは日本は神の子である天皇が支配する国家である、という事である。

僕は親父から言われた。「天皇制は恐ろしいものだ」と。「どうして日本人はこれほど天皇にぺこぺこしなければいけないのか」、と聞くと親父は、「それは日本を統一するためだ(注6)と答えた。現人神にして拝ませていく。そういうシステム(注7)。僕は小さい時からそういう事を聞いていたから、並ばされて「万歳せえ」と言われたときは、本当に腹が立った。怒りがこみ上げてきた。自分のそのような気持ちが広島で表面に出てこないのは、広島が保守的であるためだろう。

注6:これは冗談や思い込みではない、それは国家神道がどのようなものかに関わってくる問題であり、当時も又60年後の現在もなぜか普及されない知識である
注7:システム=即ち、なぜ天皇が国民を支配して当然なのかという理屈付づけである、この理屈は戦前は疑うことを許されない絶対的な真理とされたし、戦後はなんの理由もなく敬うべき人間とされ、理屈ぬきにその結果だけが継承されている

(中略)(「はだしのゲン」が最近もテレビドラマ化されたが、テレビで映像化するに当たっての限界を感じた、との指摘に対して)確かに限界はある。天皇制と言う肝心のところは外しているな(注8)、と。あれはやはりしようがない。僕は天皇制が絶対に許せないと思っている。日本人はまだ天皇制を自らの手で裁いていない。腹が立つ。今からでも遅くはない。ああいう問題を裁かなくては。


(どういう裁き方があるか、との質問に対し)やはり人民裁判だ。日本国民が本当に東京大空襲から始まって天皇の為にどれほど大変なことになったか、根源である天皇制をもっともっと問い詰めなければいけないのではないか?僕は憲法改正について言えば、天皇の条項だけは変えてもいいという立場。あとは変えさせない、憲法9条なんてとんでもない、絶対に変えさせない。


(中略)


(広島がアウシュビッツになれないのはなぜか、という質問に対し)戦争に対する執念が日本人に欠けているのではないか?アウシュビッツの眼鏡の山みたいなところと髪の毛が山みたいになっているところを見ると、やはりすごい執念だなと思う、広島だけではなく、日本人にはああいう執念がない。

注8:「はだしのゲン」のTVドラマは、2007年8月11/12日フジTVから放映された。


参考:昭和22年 天皇の広島巡幸
http://jp.youtube.com/watch?v=-XtxdtxWLj8