元従軍慰安婦の証言は信用できるのか?(2)

従軍慰安婦従軍慰安婦問題)とは朝日新聞の捏造なのか?慰安婦たちの証言は怪しいのもので信用できないもの、検証が必要なのか?慰安婦が行う証言は真実を語っているのでしょうか?証言に変遷・変化はあるのでしょうか?これらに対する答えを出すため元慰安婦の一人一人の証言を見てみましょう。月刊DAYS JAPAN(2007年6月号)では100人もの元慰安婦従軍慰安婦)の顔写真とその恐ろしい経験が掲載されていて圧巻です。これにならって、100人?の従軍慰安婦たちの証言を掲載しようと思います。


第2回は、26145円の貯金の返還要求をした文玉珠(ムンオクチュ)さんです。以下は主に「証言・強制連行された朝鮮人慰安婦たち 韓国挺身隊問題対策協議会 明石書店 1993」から作成しました。

文玉珠(ムンオクチュ)さんの慰安婦として強いられた経験

  • 1924年:大邸生まれ
  • 1933年(9才):独立運動をしていた父が死亡、家計が大変なので寺子屋夜間学校で勉強
  • 1937年(13才):面倒を見るという日本に住んでいる親戚の家に行くがこき使われたので6ヶ月で帰り、スリッパ工場で時折働く。
  • 1940年(満16才):友人の家に行った帰りに軍服を着た日本人に腕をつかまれ憲兵隊らしきところへ連れてゆかれる。翌日民間人の男に引き渡され汽車に2日乗って中国東北部の逃安城でおり、トラックで慰安所に運ばれた。文原ナミコと名前をつける。主計将校に料理を作るなど気に入られようと努力する。
  • 1941年9月(1年後):主計将校が外で所帯を持とうと言ったのを利用して証明書を貰い朝鮮へ帰る
  • 1942年7月(18才):友人の金がもうかる食堂があるという誘いに乗って「ダメにされた体だから」と思い金を稼ごうと釜山へ行く。朝鮮人経営者に連れられ船でビルマへ。トラックでマンダレー慰安所へ。金を稼ぐためにきたから仕方がないが本当にたくさん軍人がきた。物品管理をしている男と親しくなる。文原ヨシコを名乗る。
  • (7,8ヶ月後)アキヤブへ移動。船でプロムに移動、経営者がいなくなり軍人が直接管理。
  • (4,5ヶ月後)更にラングーンへ、荒れた軍人が多く殺されそうになる。

「一度は酒に酔った軍人が出てきて刀を抜いて殺そうとしました。『あんた達を慰安しようと来た私たちに対してそんな事できるの?』となだめましたが、彼は殺気をみなぎらせて私を殺そうとしました。そこで私は死ぬか生きるかの瀬戸際で彼に飛びかかりました。その瞬間びっくりした彼が刀を手放すと私はその刀を取り上げてとっさに胸を刺してしまいました。その軍人は血を流しながら車に載せられてゆき私は憲兵隊に呼び出されて軍事裁判を受けました。1週間後に釈放されましたがまた軍人達の相手をさせられました」

  • (3,4ヶ月後)タイへ移動1ヶ月後アユタヤへ。3.4ヶ月負傷兵の看護をして終戦を迎える。
  • 終戦後タイの収容所へ、親しくなった男は日本へ誘ったが、朝鮮へ帰国。
  • 1996年10月に72才で死去。

文玉珠さんの証言についての付記

文玉珠の証言の信憑性については、1993年ソウル大学教授の安秉直教授ら「挺身隊研究会」が聞き取り調査を行い証言の信憑性について検討している。文玉珠はその中で証言がしっかりしており信憑性の高いものとされた中に入っており信用できる。『私たちが調査を終えた19人の証言は私たちが自信をもって世の中に送り出すものである。(略)証言の論理的信憑性を裏付けるよう、証言の中で記録資料で確認できる部分はほとんど確認した。』と安秉直教授は書いています。

一方、秦郁彦は著書「慰安婦と戦場の性」で文玉珠さんの証言について「真偽定かならぬ部分もないわけではない」という表現で軍法会議にかけられた部分に言及しているが、最終的には証言が嘘であるという明確な主張は実はありません。


文玉珠さんの26145円の貯金の返還要求は裁判で敗訴しました。しかしこの件は文玉珠さん、慰安婦がいかに稼ぎが良かったか、陸軍大将の給料など比較して例にあげる発言がネット上で目立ちます。実はこの比較はわざと偏向した見方を売り物にした本「嫌韓流」での記事が源です。ネットでの発言が如何に怪しいものであるかわかります。

そして更に驚くべき事は26145円は、実は文玉珠さんの「労働」の対価ではないし、裁判の目的は金銭が目的ではない事です。このお金は軍人のチップなどを貯め込んだものであり、なぜ裁判をしたかには「自分のものを憎い日本に置いておきたくなかった」からと答えています。実際裁判でもし勝訴しても返還される額は数万円にしかならないのであり、金銭目的でないのはすぐに判ります。こうした事は上野千鶴子が「ナショナリズムジェンダー 青土社 1998」の中で書いています。


従軍慰安婦従軍慰安婦問題)とは朝日新聞の捏造ではありません慰安婦たちの証言が毎回変わるとしてきちんと何が違うと指摘した人はいません。秦郁彦はごく曖昧に疑問を提示しただけです。最近の研究では複数の調査者が何回も聞き取りをして、文書などほかの資料で確認できるものはきちんと確認しているからです。証言が怪しいと言う人でこうした証言集(調査資料)を読んだ人はいないでしょう、読んでいればこんな疑問があがるはずがありません。従って現在伝えられているものは検証が済んだものと言うべきです。


慰安婦が語る証言は我々が預かり知らぬ過去の真実を語っています、そこでは今ではまったく信じられないような事が平気で起こっているのです。月刊DAYS JAPAN(2007年6月号)の100人もの元慰安婦従軍慰安婦)の顔写真とその短いけれど恐ろしいその経験を読むと、我々日本人が過去に本当に過ちを犯した事が伝わってきます。